(No.44)~死滅(しめつ)回遊魚(かいゆうぎょ)~ なれし故郷(こきょう)を放(はな)たれて 夢に楽土(らくど)求めたり
すべての生物は、その生涯(しょうがい)の中で、何らかの方法を使って分布域(ぶんぷいき)を広げようとする性質を持っています。カツオやマグロのように遊泳(ゆうえい)能力が高く、広い海を自由自在に泳いで移動するものや、卵や稚魚(ちぎょ)の時に海流に運ばれるなど、その方法は様々(さまざま)です。
沖縄やフィリピンなどの熱帯から亜熱帯の海域(かいいき)に生息するチョウチョウウオ類やスズメダイ類が、夏場に本州沿岸に姿をみせることがあるのは、南から黒潮に乗って幼魚(ようぎょ)が運ばれてきたからです。
この種類はもともとは大規模(だいきぼ)な回遊(かいゆう)をする魚ではありません。水温が高い夏の間は成長することができても、生まれ故郷へと帰っていく力はなく、冬が訪(おとず)れ水温が下がると死んでしまいます。このような現象を繁殖(はんしょく)に寄(き)与(よ)しない分散(ぶんさん)という意味で「無効(むこう)分散」、そして無効分散を行う魚たちを一般的に「死滅(しめつ)回遊魚(かいゆうぎょ)」と呼びます。
しかし、これが全くの「無効」なのかというとそうではありません。もし海の向こうに生息に適した場所があれば定着し、新たな分布域を広げることができるのです。生物の進化という長い時間の流れでみた場合、地球の環境はかなり大きく変動しています。将来、日本近海の海水温が上昇(じょうしょう)すれば、今では無効な分散も有効(ゆうこう)になる可能性があるのです。生物種にとって、無効分散は将来の分布拡大のための投資(とうし)と言えるわけです。
黒潮によって運ばれてくる幼魚たちは、けっして「死への旅」などではなく、新たな世界への生存の望みを賭(か)けた変化への挑戦(ちょうせん)なのでしょう。(足立 円佳)
投稿者: スタッフ 日時: 2009年03月01日 13:52 | パーマリンク