危険なまでに美しいスキャパレリ◆

「ショッキングピンクを生んだ女」、スキャパレリの名は、ガブリエル・シャネルの生涯を追う中で、知りました。

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第二次大戦前、1930年代後半、「イタリアからやってきたエルザ・スキャパレリという名のデザイナーが、デザイナー自身の美しさとスキャンダラスな服によって一躍時の人になった。シャネルは初めて終われる立場に立たされた」といったかんじで、知ったのです。

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スキャパレリの基本方針は「秩序や価値などの破壊、逆転を行う」こと。
つまり、「魅惑するためにはショックを、眩惑するためには驚愕を与える」ということでした。
はじめて発表した香水の名が「ショッキング!」。


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スキャパレリといえば、「ショッキングピンク」の色で有名ですが、この香水の名は、ピンクの色彩と合わせて、スキャパレリの強烈な個性を物語っています。


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以前、紹介したことのある「ポール・ポワレ」に見出されてモードの世界に入り、二十年ちょっとで引退したスキャパレリ。
短い活動期間ではありましたが、今でも彼女に魅了されている人は少なくはありません。


それはなぜか。

アンドレ・ブルトンは『ナジャ』の中で書いています。

「美しさとは、危険なまでに激しく込み上げてくるもの。そうでなければ美ではない」

スキャパレリには、この種類の美があったのです。


「メモワール・ドゥ・ラ・モード スキャパレリ」を参考にしましたが、ブルトンの定義といい、スキャパレリの言葉といい、収穫の多い本でした。

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「魅惑するためにはショックを、眩惑するためには驚愕を!」


「美しさとは、危険なまでに激しく込み上げてくるもの。そうでなければ美ではない」

……。


ここしばらく、とらわれそうです。


参:「メモワール・ドゥ・ラ・モード スキャパレリ」 フランソワ・ボド  光琳社出版

ル・クルーゼの色彩とキッズのお店★

「ル・クルーゼ」がプリンスに入ってくれたことを喜んだ人は、とっても多いに違いありません。
私もその一人。
ほんとです。
我が家に、ほら、こんな本が。付箋紙があるところが、「ちゃんと使っている」っぽいです。

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プリンスの「ル・クルーゼ」。
カラフルな店内では目が泳ぎっぱなしです。
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「ル・クルーゼ」の人気の理由はたくさんあると思いますが、私の場合の一番は、これ。

そのまま食卓に出して絵になる」。

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二番は、「料理が美味しくできる、と思う(当社比)」

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三番は、「憂鬱で料理なんかしたくないっ、とすねたい時に使うと、ちょっとは、やる気になる」


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たしかに、重たいのですけれど。別に振りまわすわけでもなし。苦になりません。

ところで。
「ル・クルーゼ」の意味をご存知でしょうか。
***
「クルーゼ」とは、フランス語で坩堝(るつぼ)を意味する言葉で、これは高熱でどろどろに溶かした鋳鉄を型(かた)に流し込む製法を表します。
その「クルーゼ」に定冠詞の「ル」をつけて、「ル・クルーゼ」の社名は誕生しました。
***
はい。
私も↓こちらでお勉強しました。上記、こちらのサイトからの引用です。
「ル・クルーゼ」のサイト


ところで。
……。
今回、二つのお店を結ぶ共通テーマがなくて無念ですが、強引に(得意)、次、行きます。

★「エルエーガレージ」は、ナマイキ・キッズなお店です。

娘がすっごく欲しがりそうなモノばかりなので、うっかり連れてゆけません。
「ヒステリックミニ」を中心とした品揃え。
なんとなく、「若いお母さんお父さん」を想像してしまうのは、なぜでしょう。
……。

けれど、若いお母さんではなくったって、こちらのスーツなんかは、洒落ていて、好きです。

↓ クラシックです。

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↓ こんな靴を合わせたりして。

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ドレスも、いいです。携帯電話の画面で、いま、ちょっと娘(10歳)に、「どう?」と、見せたら、「欲しい~」と、うなりました。

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アニー・リーボヴィッツの美◆

今、例えばファッション雑誌を開いたとしましょう。そして、ぱらぱらっとページをめくり、ため息が出るようなページで指を止めたとしましょう。

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これはエリゼ宮の屋根の上の「カーラ・ブルーニ」ですが、この、私にため息をつかせたページができるまでには、さまざまな人が関わっているわけです。
モデル、ドレスを作った人、ドレスを選んだ人、編集者などなど。
そして、カメラを構えて「ため息の一枚を切り取った人」。


ちょっと前のことですが、一本の映画を観てから、ファッション雑誌に対する姿勢が変わってしまいました。
その映画とは『アニー・リーボヴィッツ~レンズの向こうの人生』
「世界で最も有名な女流写真家」のドキュメンタリー。


ほんとうに、ものすごく、興味深い映画でした。
ファッションが好きな人、写真に興味のある人はもちろん、一人の女性の凄まじい人生に触れられるという意味で、意識が高い人にもおすすめします。


この映画以来、私はファッション雑誌を見るときに、「写真家」のクレジットをチェックするようになりました。


アニーを有名にした一枚は、なんといってもジョン・レノンとオノ・ヨーコの写真でしょう。
セーターとジーンズ姿のヨーコに全裸のジョンが寄り添うという……。
アニーがその写真を撮った数時間後に、ジョンは暗殺されました。

「彼女は『魂』を撮りたがっていた。それが伝わった」(オノ・ヨーコ)

次に有名なのが、デミ・ムーアの妊婦ヌード。ものすごい論議を巻き起こしました。

「私は妊娠していた。アニーは私を後押ししてくれた。それで裸になったの」(デミ・ムーア)

ヴォーグ誌の編集長アナ・ウインターはこう言っています。

「アニーが表紙を撮るならニコール・キッドマンですら、その夜に来るわ」

2008年アニーが手がけた雑誌の表紙一例。↓
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アニーという人は、シャーマンのようなふんいきで、独特ですけど、けっして美人というタイプではありません。

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それでも、圧倒的な美があります。

それはおそらく人生に対する、毅然とした「視線」があるからでしょう。それは日常のなかで、あまり出会うことのない「視線」です。

「とにかく記録を残したいの。それで人生を見つめられる」
「死にゆくその日も写真を撮っていたい」


有名な写真の数々が、鮮やかな色彩で掲載されています。
『アニー・リーボヴィッツ~レンズの向こうの人生』のサイト。

参:ヴォーグ・ニッポン2008年11月号、2009年1月号

インパクト・リングと華やかストールで、春★

華奢な指の女性に憧れてウン十年。
「あなたの手はっ、なんでもつかめる手をしているっ」
と褒められたことはあります。あまり嬉しくありませんでした。
遠くから見ると、長さはあるので、それなりに見てくれる人もいるのですが、「ちゃんと」凝視すると、バツ。「白魚のような……」なんて、口が四方八方に裂けようとも、言えません。

そんなですので、長い間、私は、指輪というものを避けていました。婚約指輪&結婚指輪さえ、避けました。
けれど、あるときふと、「大には大を!」という言葉が天から降ってきたのです。
というのは嘘ですが、あるときから、大ぶりの指輪を愛好するようになりました。


★というわけで、エー・シー・ミックス
↓ こんな大ぶりの黒い指輪は、ひたすら指を華奢に白く見せてくれます。
真紅のネイルならば、妖艶。 シルバーあるいは白いネイルだととってもクール。楽しめます。

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↓ こちらのは、珍しいタイプです。二本の指にするのです。チェーンが揺れて綺麗です。
お店の方が、ゴージャスなネイルをなさっていたので、お願いして、指輪をしていただきました。
ご協力ありがとうございました。

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↓ こういったじゃらじゃらリングは、よく見かけるようになりましたが、色が命なのです。ちょっと間違えると、安っぽくなるので、センスが求められます。だから、燃えます。この色、好きです。

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***


3月23日の記事ではストールを扱いましたが、そこでナポレオンの奥さん、ジョセフィーヌを出したことが、友人たちにはうけたようです(マイナーだという意味で)。
それでも、私の記事を読んで、「なるほど、と思い、ストールを買いに出かけたよ」なんて言われるとやはり嬉しいものなのです。


★というわけで、カカトゥ

不思議な名前です。カカトゥ。kakatoo。

これは、オーストリア原住民アボリジニの言葉なんだそうです。

「おいしい」という意味。
……ちょっとマイブームになりそうな気配。

ごちそうをいただいたとき、「カカトゥ!」といいたい……。

……。

さて。
そんなカカトゥなお店のコンセプトは、「おとなになっても少女の気持を忘れない」。

……ふと、この場合の「おとな」とは何歳までをイメージしているのだろう、と思いながら、お店に入ります。


ストールがたくさん、ありました。
ストールの便利なところは、バッグに結んでも、サマになるところ。こんなふうに。

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↓ こちらは、スタイリッシュですね、「かっこいい」と思われたいときに、役立ちそうです。

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↓ こちらはいかにも「春っ」です。手に持つだけでもいい。映えます。

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三宅一生、「日本人」と「おしゃれの出発点」◆

「黒い髪、細い目という日本人のよさを忘れてはいませんか。おしゃれの出発点は、自分を知ること。そして、自然がいちばん美しい」

これは1970年の三宅一生の言葉です。
およそ40年後の現在、「黒い髪、細い目」の日本人は、絶滅寸前です。

私自身も、髪の色をあれこれいじり、マスカラ選びに真剣な日々を送っています。
自戒をこめて、ここに告白します。

さて。
前回は、庭園美術館の「フォルチュニィ」を紹介しましたが、今回は衝撃のフォルチュニィ体験、後日談ともいうべき内容になりそうです。

あれから私は、クローゼットをかき回したのです。
いわゆる「タンスの肥やし」はほとんどないのですが、どうしても目当てのものがみつかりません。
ここ10年ほど着ていないけれど、処分するはずがないもの。
それは三宅一生の「プリーツプリーズ」、ワインレッドのツーピースでした。


20代中頃から30代初めにかけてのシーズンは、頻繁に海外旅行に出かけていました。
ヨーロッパがほとんどで、旅行中、ちょっとしたレストランなどへも行くことが多かったので、プリーツプリーズは大変役に立ちました。

くるくるっとまるめてしまえば、本当に小さくなって、しかもシワの心配がいりません。
ベルギー、オランダ、フランス、イタリアなどなど各地を一緒に旅したものです。

それから時間が流れ、好みの変化もあり、海外からも気持が遠ざかって、「プリーツプリーズ」からもすっかり遠ざかっていました。
それが庭園美術館のフォルチュニィにふれて、突然、懐かしく甦り、ひさびさに着てみたい衝動にかられたのです。

けれどいくら探してもみつかりません。
あれこれと捜索し、実家の母の元にあることを発見、先日、なつかしい姿を目にしました。


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季節的にもちょうどよいので、なんとか今現在の好みにアレンジして、着こなしてみたいと思います。

それにしてもあの頃、このツーピースが買えたのも、一流のデザイナーのものなのに、馬鹿みたいに高額ではない、ということがありました。

お金をかけなくても楽しめて、大勢の人を魅了する服。うまいメシのような服を作っていくつもりです」(三宅一生、1970年)


ありがとう……。と感謝したいです。


数々の受賞暦があり、「世界的に有名な日本人」の筆頭にあげられる活躍を続けている三宅一生。
今、彼の言葉が突き刺さってくるのはなぜでしょう。


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冒頭のセリフ、今一度。


「黒い髪、細い目という日本人のよさを忘れてはいませんか。おしゃれの出発点は、自分を知ること。そして、自然がいちばん美しい」
……。

「おしゃれの出発点は、自分を知ること」

この、いっけん、当たり前の言葉が、なにかとても重大なことのように思えるのです。


料理ではないけれど、「素材を生かす」ことをしていない人ばかりの世の中で、しかもそれがあまり美しくないからでしょうか。


*参:「世界のスターデザイナー43」

「ゴディバ」登場★

「ゴディバがオープンしたそうよ」
「あのゴディバが、とうとう軽井沢に……」
「4月1日からですってよっ」

軽井沢のそこかしこで、そんなささやきが聞こえ始めました。
なので、ちょこっと立ち寄りました。プリンスのゴディバ。(ニューウエストから味の街に続くところにあります)
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ああ。
ゴディバ。

私は、年賀状、暑中見舞い、お中元、お歳暮などから遠いところで生きておりますが、なぜか「バレンタインデイ」だけは動きます。
製菓会社の陰謀であろうと何であろうと、贈るものが「チョコレート」という甘美な食品であること、また相手に好意を贈るという趣旨が、これまた甘美であること。
以上の理由から、バレンタインデイは私にとって◎のイベントなのです。

(あいかわらず理屈っぽいとかなんとか言われそうですが)。

そして!
毎年毎年、色んなチョコレートに浮気したくなるけれど、結局はやはり、「いつものゴディバ」。

↓ 今年はこのシリーズを、厳選の上、数名の殿方たちに贈りました。
自分でも食べちゃったので、写真は、封を切ったあとの映像です。美味しかった……。
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なにがそんなに私を魅了するかといえば、やはりゴディバ社の伝統、歴史……、そのゴージャスな香りです。
その魔力から逃れることはできません。

なかでも、ゴディバの名の由来については、他の会社にはないロマンがあります。
そうです、ゴディバのシンボル、馬上の裸婦の物語……。
「軽井沢夫人」という本では、かなりの夫人調で紹介されていましたが、私は真面目にご紹介しましょう。

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***

11世紀のイギリス。
コベントリーに住む人々は、領主レオフリック伯爵の課す重税に、たいへん苦しんでいました。
それを知った領主の妻レディ・ゴディバが税を軽くするよう申し出ると、伯爵は、
「おまえが一糸もまとわない姿で町中を廻ることができるのならそうしよう」
と答えました。
美しいレディ・ゴディバはたいへん悩みました。
しかし、とうとう聖霊降臨祭の次の金曜日に、白馬に乗って町を廻ったのです。
人々はレディの強い自己犠牲の心根にうたれました。
そして、その日は窓をかたく閉ざして、彼女の行為に応えました。

ゴディバの創始者ジョセフ・ドラップスと妻ガブリエルは、レディ・ゴディバの勇気と深い愛に感銘し、1926年ベルギーに誕生した自らのブランドに「ゴディバ」の名を冠しました。

以来、ゴディバはその愛の精神をチョコレートに込め続けています。味わう人すべてをしあわせで満たす芳醇な味わいは、人を思いやる深い愛を伝えます。ゴディバのチョコレートを味わうひととき……それは愛に満ちた時間です

***
(「ゴディバジャパン」の公式サイトより引用)
……。
……。
……。
愛に満ちた時間」を切望するみなさまへ。

ゴディバに行くしかありません。

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こちらの「ゴディバの公式サイト」では、チョコレートの味わい方やQ&Aなど、興味深いことがたくさん掲載されています。ぜひご覧下さい。

フォルチュニィのプリーツ◆

「東京都庭園美術館」で開催された展覧会。「ポワレとフォルチュニィ 20世紀モードを変えた男たち」。
前回のポワレ(3月30日の記事参照)に引き続き、今回はフォルチュニィをご紹介します。

ポワレについては、シャネルとのからみや、その活躍の舞台がパリだったということで、馴染みはあったのですが、フォルチュニィは、この展覧会で初めて知りました。

フォルチュニィ(1871~1949)。
ヴェネティアで活躍した芸術家。ファッション・デザイナーとして以外に、画家、舞台芸術家等の顔を持ちます。

さて。
庭園美術館のフォルチュニィ、「デルフォス」シリーズが圧巻でした。
気高い風貌をもつ古代ギリシアの彫像から命名された「デルフォス」。
シルクサテンに施されたアコーディオン・プリーツ。誰もが、三宅一生を思うことでしょう。


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このプリーツは、親指を使って襞(ひだ)を寄せ、襞同士をくっつけて、それを卵の黄身を使った糊で固定して、アイロンをかけ、その後、手で糊を除去する……気の遠くなるような手作業で生み出されているのだそうです。


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「デルフォス」ドレスの様々なバリエーションは当時、ヨーロッパ中の上流社会の女性たちの部屋着として、愛用されました。


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「デルフォス」ドレスは、特性のボックスに入れて販売されました。全体をねじり、蛇がとぐろを巻いたような状態で収められています。
ドレスのプリーツを保つためで、購入後も、クローゼットに吊り下げないで、ボックスに入れて保管するようにアドバイスされたそうです。

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また、19世紀後半、ヨーロッパ芸術に多大な影響を与えた「ジャポニスム」。これからもインスピレーションを得て、「キモノ」風のジャケットやマントなどを制作しています。


私がもっとも欲しいと思ったフォルチュニィはこちら ↓。フード付きケープです。

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今回の展覧会では、つくづく、自分の服の好みを知りました。

異国趣味、「キモノ」風、「流れるような」、「刺繍」、「プリーツ」。

これらがキーワード。
つまり、今、探しても、なかなか見つからない、出会えないデザイン。
だから、つい、自分で手を加えてしまうのです。既成のものに……。


参:「ポワレとフォルチュニィ 20世紀モードを変えた男たち」展覧会カタログ


「4/19 ☆ DAIGO トークショー」のおしらせ

とある日の、ランチタイム。

「プリンスホテル ウエスト」の「桃李」にて、すてきな殿方2名に囲まれて、幸せなひとときを過ごしてまいりました。
あまりの幸福感に、いただいた五目やきそば他、を写真に撮ることもしませんでした。

なので、ここに告白します。


「私は桃李の大ファンです。美味しいから好きです。実家の両親たちが軽井沢に遊びに来たときには、大人数で、よく利用します」


さて。
その至福のランチタイムにて、殿方から「DAIGO スペシャルトーク&ブッフェ」の情報を入手しました。
テレビのない生活をはじめて5年になる私と、殿方2名との間に、いかなるトンチンカンなやりとりがあったかは、ご想像にお任せします。
……。
帰宅して、ちゃんとネットで情報収集しました。

↓ 我が家のダイニングテーブルに、「DAIGO トークショー」のチラシがある風景。

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「いったいどのようなトークが楽しめるのでしょう!!」

今、本気で興味しんしんです。

4月19日の日曜日。

まだ、チケット間に合うようですので、ぜひ、アクセスしてみてください。
こちらからどうぞ

モリスラグスでモリスに触れる★

モリスラグス ロンドン」で“ウイリアム・モリス”に触れて、陶酔のひとときを過ごしてきました。
ウイリアム・モリスといえば、19世紀イギリスの詩人として、デザイナーとして社会運動家として、さまざまな分野で活躍し、「モダンデザインの父」と呼ばれた芸術家です。

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現在でも、モリス・デザインによる絨毯やカーペット、カーテン、文具などを、私たちは色々なところで目にします。

「モリスラグス ロンドン」で触れたモリスはこちらの絨毯です。
タイトルは「鳥と野菊」。

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オリジナルは1878年に制作されました。
モリスがとても愛していたデザインだと言われています。野菊などの野の花々を背景に、キジ鳩を想わせる鳥と、不思議な飛ぶ鳥を配置して「自然界の生命と秩序」を表現しているのだそうです。

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さて。
話は思い切りそれますが、私はモリスの妻に以前から興味を持っていて、色々なところで彼女について書いています。
その名はジェーン・モリス。


ジェーンは魅力ある女性で、周囲の男性を夢中にさせました。
モリスもその一人でした。
プロポーズのときのエピソードをかんたんにご紹介しましょう。

***
モリスには唯一の油絵があります。「王妃ギネヴィア」というタイトルで、モデルはジェーンでした。
モリスは構図のためにあれこれとポーズをとらせていましたが、どうしても上手く描けません。モリスはデッサンが苦手だったのです。苛立ったモリスはデッサン紙の裏にペンを走らせました。そして、それをジェーンに見せました。
そこには次のように書かれていました。
わたしは貴女を描くことができない。しかし愛することができる


二人は結婚し、二女をもうけます。
しかし、この結婚は風変わりでした。ジェーンは後に「夫を愛したことはなかった」と語っています。
ジェーンはモリスの先輩である、画家のロセッティと恋愛関係にあったのです。そしてモリスも、これを容認していました。不可思議な三角関係だと噂されました。

……と、きりがないのでこの辺でジェーンのお話はおしまい。


↓ロセッティがジェーンをモデルに描いた絵の中の一枚。タイトルは「パンドラ」です。
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***
モリスラグスに戻します。

センスのよいこのお店は、なんというか、「重厚感」があります。
もちろんお手軽な価格のものもあるのですが……なんだろう……ホンモノがあるせいでしょうか。
とにかく一度、訪れることをおすすめします。

ただし、部屋の模様替えをしたくなること間違いなしです。
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絨毯、カーペットを一枚変えるだけで、部屋の雰囲気ががらりとかわりますから。
春だし。

我が家も、リビングの絨毯について、検討中。がんばって、ウィリアム・モリスに毎日触れられるようにしたいです。

モリスのデザインはほんとうに美しい……。
それを堪能できそうな展覧会を知ってしまって、今、行きたくてうずうずしています。
お近くの方はぜひ、お出かけください。

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★西宮市大谷記念美術館で2009年4月4日から5月24日まで「ウイリアム・モリス展」が開催されます。
 詳細はこちらから



山口路子プロフィール写真

山口路子

プロフィール
作家。2001年に東京から軽井沢に移住。
著書に『彼女はなぜ愛され、描かれたのか』(すばる舎)などのエッセイ集、小説『女神<ミューズ>』(マガジンハウス)など。軽井沢を舞台にした作品としては、小説『軽井沢夫人』(講談社)がある。
公式ブログ*山口路子ワールド*
http://anais.cocolog-nifty.com/blog/

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